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歴史的快挙のラグビー日本代表・勇敢な桜の戦士たちが今日帰国!/素敵なユニフォームと桜エンブレムの由来
RUGBY REPUBLIC

ラグビー日本代表に万雷の拍手! アメリカとの死闘も制しW杯3勝の偉業達成
2015年10月12日
http://rugby-rp.com/news.asp?idx=108656

ファンタスティックだった日本代表 エディーは選手称賛「彼らはヒーローだ」
2015年10月12日
http://rugby-rp.com/news.asp?idx=108662


NHK

ラグビー日本代表 海外メディア「歴史的な出来事」
10月12日 18時46分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151012/k10010267561000.html

ラグビー日本代表「小さくても勝てること証明」
10月12日 21時12分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151012/k10010267661000.html

ラグビー世界ランキング 日本は10位に
10月12日 21時53分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151012/k10010267691000.html


TBS:“日本はレガシー作った” 帰国を前にラグビー日本代表が会見
最終更新:2015年10月12日(月) 21時27分
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2610692.html


サイクルスタイル:ラグビー日本代表、アメリカに勝利で3勝目…エディージャパン有終の美
2015年10月12日(月) 23時31分
http://cyclestyle.net/article/2015/10/12/28700.html
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※抜粋
ラグビーW杯で1次リーグ制が採用されて以降、3勝以上で決勝トーナメントに進めないのは日本が初。ラグビーW杯では、1999年大会で初めてベスト8に進出したアルゼンチンが、その後一気に世界のトップクラスまで駆け上がった前例がある。

日本も自国開催となる2019年W杯で、さらなる躍進が期待される。


FNN:ラグビーW杯を終えた日本代表が会見 13日に帰国へ
10/12 23:58
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00305479.html
※抜粋
リーチ・マイケル主将(27)は「きょうの朝起きて、次、このチームで試合できないことは、少し寂しく感じました。でも、この4年間、ずっと応援してくれた、背中を押してくれた家族、そしてチームメート、スタッフ、そして、ファンの皆様の力が本当によかったです。感謝しています」と話した。
エディー・ジョーンズヘッドコーチは「ワールドカップでは、とても素晴らしいパフォーマンスだった。ラグビーの質、強い意志、そして見せた勇気。それが今後、日本のラグビーのレガシー(遺産)として引き継がれていくでしょう」と述べた。


スポニチ:英メディア、日本の敗退惜しむ「最も勇敢で最も運が悪いチーム」
[ 2015年10月13日 05:30 ]
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/10/13/kiji/K20151013011309210.html
(関連記事/サンスポ:【スコットランド戦後一問一答】エディーHC「中3日は言い訳にしない」2015.9.24 09:31

スポーツ報知:【ラグビーW杯】エディー日本、史上初3勝!「受け継がれる」誇り
2015年10月13日6時0分
http://www.hochi.co.jp/sports/ballsports/20151012-OHT1T50221.html
※抜粋
 エディーHCは誇らしげだった。「日本に新しいヒーローが誕生した」。初戦で優勝候補の南アフリカから挙げた大金星を含む3つの白星は、目標の8強に劣らないほど輝いていた。「親は子供にラグビーをさせたいと思うだろう。子供たちはマイケル(リーチ)や五郎丸になりたいと思うだろう。彼らはヒーローだ」

 鬼の指揮官が泣いた。選手をグラウンドに送り出す直前。目を真っ赤にして「一つだけ聞いてくれ」と最後のメッセージを伝えた。「プライドを持って戦おう」。怒りの形相も、人懐っこい笑顔も、選手は見慣れていた。しかし、戦う前の涙は12年4月のHC就任以来、テストマッチ48戦目で初めてだった。「ちょっと気持ちが高ぶりました」とウィング藤田。佐藤秀典通訳(34)も試合前「これまで厳しいことも言ったが、チームを勝たせたい思いからだった。ごめんね」と初めて謝罪された。

 趣味は「ラグビーのコーチング」。就任後、平均睡眠3時間で働いた。あるコーチが午前3時すぎにリポートをメールすると、3分後に返事が来た。24時間をラグビーにささげ、13年10月に最大のピンチを迎えた。出張先の宮崎から戻ると、左半身に違和感を覚えた。脳梗塞だった。恐怖はあったが、へこたれなかった。「病気をした後はセカンドチャンスだと思っている。日本ラグビーに対しても最善を尽くしたい」。より情熱は高まった。5月上旬に父のテッドさんが死去しても「任務を果たさないといけない」と指揮を執り続け、死に目にも会えなかった。

 8強進出のほかに目標があった。「大会で最も印象に残るチームになる」。日本人の俊敏性に力強さを加えた「JAPAN WAY」を駆使し、南アフリカを倒しての3勝。「自分たちが判断することではないが、その称号に値すると思う」。世界を驚かせ、胸を張って「任務完了」を宣言した。

 今後は世界最高峰スーパーラグビー(SR)で南アフリカのストーマーズを率いるため、11月1日に離日する。後任は日本協会が約60人をリストアップし、日本人も10人ほど含まれている。候補を絞り、12月の理事会をめどに決定する方針だ。

 置き土産として、エディーHCは日本の課題を挙げた。「マインドセット(心構え)がプロではない。そこが変わらないといけない」。足りないのは試合へ向かう際の「絶対に勝つ」という意志。日本も来年2月開幕のSRに参戦し、リーチら代表は強豪との激闘で「心構え」を身につける。もう一度、心身を鍛え上げ、日本ラグビーは19年の日本大会で8強を狙う。

 ◆エディー・ジョーンズ(Eddie Jones)1960年1月30日、オーストラリア・タスマニア州生まれ。55歳。母は日本人、父はオーストラリア人。現役時代はフッカーとして活躍し、92年に引退後、96年に来日、東海大コーチに就任。2001~06年に豪州代表監督、03年W杯で準優勝。07年、南アフリカ代表テクニカルアドバイザーでW杯優勝。09年にサントリーGM就任、10、11年度に監督兼務で日本選手権連覇。12年4月に日本代表ヘッドコーチ就任。家族は日本人の妻と長女。


産経:【ラグビーW杯】英各紙、日本代表を絶賛 「今大会最大の遺産」「最も勇敢」 1次リーグ敗退惜しむ
2015.10.13 06:30
http://www.sankei.com/world/news/151012/wor1510120050-n1.html


スポニチ:史上最高の主将 リーチ原動力は「外国人なのに活躍できなかった悔しさ」
[ 2015年10月13日 09:45 ]
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/10/13/kiji/K20151013011312150.html
※抜粋
 日本代表史上最高の主将として、その名を残した。「前日は“次には行けないが、プール最後の試合で日本の凄さを見せよう”と選手に伝えた」。背中で引っ張るリーチは、ノーサイドの瞬間まで気迫のプレーで仕事を全うした。

 15歳で札幌山の手高に留学した当初「余裕で通用すると思っていた」が壁にぶち当たった。1年時の体重は70キロ台後半。全国高校ラグビーでは埼玉・正智深谷に5―89で大敗。「外国人なのに全然活躍できなかったことが悔しかった」ことが、その後の成長を促した。
(関連記事1/道新:ラグビーW杯、リーチ主将にエール 母校・札山の手関係者ら「トライを」 09/19 05:00)(関連記事2/毎日:ラグビーW杯 リーチ主将は細身の努力家 札幌の高校恩師 2015年10月03日

東スポ:世界のラグビーを変える日本「3勝」の価値
2015年10月13日 12時23分
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/othersports/459787/
※抜粋
1次リーグで3勝を挙げながら決勝トーナメント進出を逃した史上初のチームをイギリスの地元紙は「W杯の損失」「今大会最大の遺産」と惜しんだ。

 大会の公式フェイスブックが「日本はアメリカ戦での勝利で今大会を去る」と投稿すると「日本のおかげで大会が素晴らしい思い出となった」「また2019年大会で会おう」と世界中のラグビーファンからコメントが寄せられ、6万以上の“いいね”がついた。

 大会の歴史、そしてファンの心にその名を刻んだ“ブレイブブロッサム”だが、この3勝という数字は一体どれほどすごいのだろうか。



ラグビーがこんなに面白いスポーツだったとは!

初めて見たのは、あの『日本VS南アフリカ』戦。
ルールが全く分からない状態から見始め、
途中、「ここでスクラムを選択!?何と言う漢!!!」などと感嘆できるくらいには学習、
その後、手に汗を握る展開にハラハラドキドキ、
最後には、「勝ったーーーー!なんと南アフリカに!!!」と大喜び、
同時にラガーマンの清々しさに感動。
他のスポーツに比べて審判がフェアであるように感じたので、
それも非常に良かった。

決勝進出とはならなかったけれど、
このW杯は本当に素晴らしい試合ばかりでした。



もうひとつ、とっても良かったのはユニフォームのデザイン。
日本の心と日本代表の清々しさ、力強さを、ここまで表現できるなんてすごい!と感嘆。

株式会社ゴールドウイン:ラグビーワールドカップ4大会連続で日本代表ジャージを手掛ける現代の名工 沼田喜四司
更新日:2015/10/02
http://www.goldwin.co.jp/corporate/info/page-14055
連日、熱戦が繰り広げられる「ラグビーワールドカップ2015」-9月19日には日本代表が2度の優勝経験を誇る南アフリカを34対32で破り、強豪相手に劇的な勝利を挙げたことは記憶に新しいことと思います。

この勝利を支える一人の名工が、株式会社ゴールドウインのグループ会社であり、最先端のウエア開発技術と実績・ノウハウを持つ株式会社ゴールドウインテクニカルセンターの技術主席 沼田喜四司氏です。
株式会社ゴールドウインは2001年から株式会社カンタベリーオブニュージーランドジャパンに資本参加し、グループ会社として事業参画をしており、ラグビーワールドカップ2003以来、沼田氏が日本代表ユニフォームの開発に携わっております。

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ラグビージャージは開発に携わり始めた2003年頃から変化が生まれました。それまでは100%コットン素材であり、直線的なデザインが定番でしたが、2007年頃から素材も合繊に変わり、より機能性が求められるようになってきました。それ以降はラグビーに求められる「動きやすさ」「つかまりにくさ」を追求する中で、素材だけでなくシルエットもスリムなものになる等の変化が見られます。

沼田氏の開発の信条は、「動きやすさ」「つかまりにくさ」に加えて「体型に合う」「動きに対応する」といった機能優位性を追求し、そこに「日本らしいデザイン」に仕上げること。
今回のラグビーワールドカップ2015日本代表ジャージの開発においては、ポジション別のフィッティングパターンと機能を追求しました。
具体的には、実際の選手からポジション別に体型を3Dスキャンで測定。そこから「フロントロー」と「バックロー・バックス」の2種類のパターンを開発し、それぞれのポジションで異なる体型にマッチしたパターンを開発することにより運動性の向上が実現しました。
平常時の体型では3Dスキャンで測定したパターンが高いフィット感を得ることができると考えがちですが、ラグビーはポジションによって全く違うスポーツと言っても過言ではないほど運動性が異なります。ポジションごとの筋肉の付き方や動きによってゲーム中は筋肉の太さも大きく変化します。この平常時とは違う体型までをも考慮に入れたフィット感を実現させるには、3Dスキャンに加え、立体裁断があって初めて実現します。
この3Dスキャン及びパターンメイキングを担当したのが、株式会社ゴールドウインテクニカルセンターの技術主席「現代の名工」沼田喜四司氏です。

【沼田喜四司 プロフィール
生年月日:昭和22年10月22日(67歳) 男 (富山県出身
役職:株式会社ゴールドウインテクニカルセンター 技術主席
     (昭和41年(1966年)株式会社ゴールドウインに入社)

沼田喜四司氏は、特にスポーツウエア試作・設計・CADの技能については業界における第一人者といえますそしてその技術は常に海の上でマイナス10度からプラス50度の気温差に対応しなければならない、単独ヨット世界一周(VELUXファイブオーシャンズ)に挑戦した、白石康次郎氏の専用レーシングウエア、ギアの開発に反映され、まさに命を守るウエアとして活躍していますまた、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が主管する『近未来宇宙暮らしユニット(リーダー:多屋淑子/日本女子大大学院・家政学部被服学科教授)』に参画し、宇宙船内用日常服開発の一翼を担いました。
スポーツウエアの開発で培われた技術は、宇宙環境の中でも快適に過ごせる衣服として研究・開発を行い、今後地上での生活衣服への実用化が進んでおります。
沼田氏の技術は、スポーツウエア分野のみに留まらず、あらゆる生活環境の中での快適衣料へと活かされております。

●表賞歴:昭和54年 富山県小矢部市商工連合会 優良産業人表彰
平成17年 富山県部門功労表彰 (技能職能)
平成18年 この40年間の技術者としての功績が認められ、厚生労働大臣表彰(現代の名工)を受賞。
平成21年 春の「黄綬褒章」を受章。

●黄綬褒章とは
主として民間人の善行を表彰する趣旨で、国から与えられる名誉の標章の中のひとつ。黄綬褒章は、その道一筋に業務に精励し衆民の模範である方を対象に授与される。そのほかにも自己の危難を顧みず人命の救助に尽した方を対象とする紅綬褒章、社会奉仕活動に従事し顕著な実績のある個人等を対象とする緑綬褒章、学術・芸術・技術開発等の功労者を対象とする紫綬褒章、教育・医療・社会福祉・産業振興等の分野で公衆の利益を興した者又は保護司・民生・児童委員・調停委員等の事務に尽力した方を対象とする藍綬褒章がある。これらについては、毎年春は4月29日に、秋は11月3日に、春秋叙勲と同日付けで授与される。
(五輪エンブレムの佐野さん、選考委員、『&TOKYO』監修の永井さん、五輪ボランティアのあの変な制服のデザイナーらは、この表現力などを今すぐ見習うべき。まぁ無理だろうけど)


日の丸カラーに桜のエンブレムが本当に素敵。
こんなに美しいユニフォームは見たことがない。



エンブレムの由来を知って、また感動。
そして納得。

日刊スポーツ:初代はつぼみも 日本ラグビー桜エンブレムの由来
[2015年9月24日6時29分]
http://www.nikkansports.com/general/news/1542906.html
※抜粋
 日本ラグビー協会の象徴である桜のエンブレムは、1926年に初めて作られた時は「つぼみ」「五分咲き」「満開」の3種類だった。そのエンブレムをユニホームに付けて実戦に臨んだのは1930年。日本ラグビー協会提供の資料によると、初めて日本代表が編成され、カナダ遠征に向かった。早大、慶大、明大、立大、法大、東大、京大の25人のメンバーが12日間の船旅で向かったという。

 当時の監督は東大ラグビー部の創設者、香山蕃氏。その香山が同年に書いた著書「ラグビーフットボール」の中に、由来が書いてある。「正々堂々と戦えということ。敗れる場合は美しく敗れろ。武士の魂を象徴する桜は美しく咲く花にあるのではなくて美しく散るところにあることを知らなければならない」と説いている。
(負け前提?と感じる方もいるかもしれませんが、上記はスコットランド戦直後の記事です)


「正々堂々と戦え」
「敗れる場合は美しく」
「武士の魂を象徴する桜は、美しく散るところにあることを知らなければならない」

香山蕃氏の精神は、脈々と受け継がれているんですね。





勇敢な桜の戦士たちは、今日の午後に帰国します。
凱旋と言ってもいいですね!

共同:ラグビー日本代表が帰国へ W杯で3勝
2015/10/13 07:50
http://www.47news.jp/CN/201510/CN2015101301001011.html
※抜粋
W杯イングランド大会1次リーグB組で3勝(1敗)を挙げながら敗退した日本代表は12日、帰国のためにロンドンのヒースロー空港から日本に向けて出発した。
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宿舎前で記念撮影するラグビー日本代表=12日、英チェルトナム(共同)

(スーツ姿も素敵ですね。バスのデザインも良いなぁ)


この功績は、4年後へ大きな弾みとなるでしょう。
本当にお疲れ様でした!
素晴らしい試合をありがとう!



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■カテゴリ:スポーツ

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by doumin | 2015-10-13 13:22 | スポーツ | Comments(0)
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