今日は中川昭一氏の一周忌です。
もう1年も経ったんですね・・・。
昭一氏が訴えていたことは、
まるで今の日本を言い当てていたようで驚くばかりです。
そう思うことは、これからも増えていくでしょうね。
本当に惜しい人をなくしました。
こういう人は今後出てくるのでしょうか・・・?
そんな昭一氏がただひとつ、大間違いだったと確実に言えることは。
逝く時を間違えたこと。
あまりにも早すぎたことです・・・。
一周忌のご法要にあたり、数々のご遺徳を偲び、
心よりご冥福をお祈り致します。
※10月7日、帯広で一周忌「しのぶ会」が行なわれます。
北海道ホテルで13時からとのこと。(要確認)
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■関連記事
釧路新聞:中川昭一氏を偲ぶ会/釧路 2010年09月27日 09時59分更新
http://www.news-kushiro.jp/news/20100927/201009273.html
http://megalodon.jp/2012-1003-0046-13/www.news-kushiro.jp/news/20100927/201009273.html
故中川昭一代議士を偲(しの)ぶ会が26日、アクア・ベールで開かれ、郁子夫人や管内の関係者約50人が故人の冥福を祈った。連合後援会解散後の今年1月末に発会した中好会(小針弘会長)が主催した。来賓で出席した伊東良孝衆院議員は中川氏の功績を振り返り、「偉大な政治家を失った悲しみを改めて実感している」と追悼の言葉をささげた。
時事通信:故中川昭一氏をしのぶ会開く=安倍、麻生元首相ら出席(2010/09/28-21:12)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201009/2010092800985
小野寺まさる道議:昭一さんを偲ぶ会に参列 2010 年 9 月 28 日(火)23:42
http://www.onoderamasaru.jp/blog/%E6%98%AD%E4%B8%80%E3%81%95%E3%82%93%E3%82%92%E5%81%B2%E3%81%B6%E4%BC%9A%E3%81%AB%E5%8F%82%E5%88%97/
中川昭一ライブラリ:中川昭一ライブラリをご覧下さっている皆様へ 中川郁子 2010.10.03
http://www.nakagawa-shoichi.jp/mynews/detail/20101003_512.html
(追記)十勝毎日新聞:中川昭一元財務・金融相 一周忌に元首相や支援者ら
2010年10月07日 15時24分
http://www.tokachi.co.jp/news/201010/20101007-0006835.php
昨年10月3日に死去した中川昭一元財務・金融相(享年56)の一周忌法要が7日午前11時から、帯広市内の北海道ホテルで営まれた。地元をはじめ道内外から政財界の関係者、支援者ら約1000人が参列し、中川氏のめい福を祈った。
法要の冒頭で自民党の安倍晋三元首相、麻生太郎元首相、河村建夫元官房長官があいさつ。主要閣僚を歴任した中川氏の功績をたたえ、早世を悼みながら、「もう一度投票用紙に『中川』と書いてもらうことが一番いい」(安倍氏)など、十勝で遺志を継ぐ政治家の誕生を期待した。
中川氏の郁子夫人は「自分の信念を貫く政治家だった。前人未到の荒野を切りひらき、その仕事を支えていただいた皆様に常に感謝していた」と謝辞を述べた。さらに「十勝、日本の危機を皆さんが共有しているときに、自分が何もできないことを残念がっていると思う」と語り、ホームページを通じて中川氏が残した発言や考えを発信していくとした。
会場には笑顔を浮かべた中川氏の遺影が飾られた。大勢の参列者が詰めかけ、焼香や献花では遺影に語りかける人や、涙ぐむ人の姿が見られた。
法要後に報道陣の取材に応じた郁子氏は、自身の後継問題について「今後のことは関係者とよく相談していきたい」と述べるにとどまった。
一周忌法要に先立ち、元首相らと帯広商工会議所や十勝管内商工会連合会など商工団体や一次産業団体のトップの懇談が同ホテル内で開かれた。高橋勝坦帯商会頭の呼びかけで企画され、地域経済などに意見を交わし、元首相らからは民主党政権への批判や中川氏の後継者を期待する発言が出たという。
「日本のため戦い続けた」安倍元首相
中川昭一氏の一周忌法要のあいさつで、安倍晋三元首相は、尖閣諸島沖のガス田や歴史教科書問題などを引き合いに「中川昭一さんは、日本のために戦い続けた人生だった。十勝のため、日本のために本気で戦う政治家だったと思う」と偲(しの)んだ。
麻生太郎元首相は「帯広、北海道は逮捕や収監など忙しいところ。そろそろいい加減にしませんか」と呼び掛け、「皆様方がしっかりと遺志を継いでくれること。そのことが中川昭一への最大の供養となると確信している」と訴えた。
河村建夫元官房長官は、現在自民党の選挙対策委員長として、『飛翔(ひしょう)する日本』という中川氏の著書のタイトルを引き合いに「中川先生の思いをしっかり引き継げる方を、この11区から出していきたい」と語った。
尖閣諸島沖のガス田や歴史教科書問題など(上記記事、安倍氏のあいさつより)の他、
北朝鮮拉致問題にも積極的に取り組み、
産経:【中川昭一氏死去】拉致被害者家族ら「強い力を失った」 (1/2ページ)
2009.10.4 21:21
http://megalodon.jp/2009-1005-0129-30/sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091004/crm0910042121027-n1.htm
http://megalodon.jp/2009-1005-0129-49/sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091004/crm0910042121027-n2.htm
拉致議連会長を務めるなど拉致問題に熱心に取り組んできた中川昭一氏。拉致被害者家族らの信頼がとりわけ厚かった。家族らからは「強い力を失った」と落胆の声が漏れた。
横田めぐみさん=拉致当時(13)=の父、滋さん(76)は、9月中旬に中川氏から選挙落選について「力及ばず申し訳ない」とわびる手紙を受け取っていた。
直筆で便箋(びんせん)1ページ半。「拉致問題は引き続きやっていきたい。またお目にかかれることを楽しみにしています」と書かれていた。「非常に活動に貢献してくれた。『励ます会』をしようと話していたのですが…」と滋さん。
増元るみ子さん=拉致当時(24)=の弟で家族会事務局長の増元照明さん(53)は「涙を流す政治家に初めて会った。情の深い方だった」と話す。平成14年10月に拉致議連会長に就任したばかりの中川氏と会食した際、「『議連に何をしてほしいか』と熱心に聞いてくれた姿が印象的だった」と話す。
中川氏の自宅に招かれた際には、父、一郎さんの位牌(いはい)の前で涙を流しながら拉致問題解決を誓った姿を目にしたという。
田口八重子さん=拉致当時(22)=の兄で家族会会長の飯塚繁雄さん(71)は「議員として一番早く拉致問題に取り組んでいただいた。強い力を失ったという感じで、非常に悔やまれる」と悼んだ。
家族会は4日、支援組織「救う会」と運動方針などを決める会議で全国から集まっていたため、冒頭で中川氏に黙とうをささげた。
ジャーナリストの櫻井よしこさんは「中川氏の原点には『国民を守れずに国家が守れるか』という思いがあった。北朝鮮に妥協せずに圧力をかけたうえでの対話の重要性をきちんと認識していた数少ない政治家だった。拉致問題とのかかわりをひけらかす政治家もいるなかで、忙しくても拉致に関係する大きな会合には必ず出席してくださった」と振り返った。
元衆院議員、米田建三帝京平成大学教授は、平成13年に金正日氏の長男、正男氏が成田空港で身柄拘束された時のことを思いだす。「中川氏が何人かの政治家を集め『政府の対応がおかしい。拉致解決に向けた交渉の道具にするべきだ』と対策を協議した。彼の拉致への取り組みは信念に基づいていた」と語った。
いち早く水問題にも着手。
水問題 中国企業が買い漁る北海道の森林 2010-07-22
http://doumin.exblog.jp/11597506/
そして大変な勉強家。
毎日:中川氏急死:「勉強される人だった」と霞が関から惜しむ声
2009年10月4日 20時29分
http://megalodon.jp/2009-1005-0125-45/mainichi.jp/select/today/news/20091005k0000m010056000c.html
財務・金融担当、農水、経済産業相を歴任した中川昭一氏の突然の訃報(ふほう)に、霞が関の省庁関係者からは「一生懸命に仕事をされる方だったのに」(経産省OB)と惜しむ声が上がった。
ある財務省幹部は「本当によく勉強される方だった」。個人事務所に政策資料が分厚いファイルで整理されていたといい「土曜、日曜を問わず、疑問点があると電話で質問を受けた」と振り返る。
中川氏は今年2月、ローマで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)後のろれつの回らない「もうろう会見」で批判を受け辞任。「びっくりした。あの映像が繰り返し流れては、辞任せざるをえなかった」(財務省幹部)。イスタンブールで開かれたG7に出席していた藤井裕久財務相は4日、「最後まで立派に仕事をやられたと思う。大変残念だ」と述べた。
中川氏は98~99年と05~06年の2度、農相を務め、旧農業基本法に代わる食料・農業・農村基本法の制定(99年)などに尽力。農水省幹部は「基本法の国会審議では答弁資料に詳細な書き込みをし、自分の言葉で答弁していたことが印象的だった。頼もしい大臣だった」と振り返った。また、井出道雄事務次官は4日「突然の死去に強い衝撃を受けている。農林水産業への愛情と高い見識、指導力を持ち合わせた尊敬すべき政治家だった。痛恨の極みだ」とするコメントを出した。【行友弥、古田信二】
※管理者注
G7会見を挿入するのが毎日新聞らしい厭らしさですが、
その他の部分は良かったので嫌々引用しました。
G7について説明しますと、
・1泊3日の強行スケジュールの上に風邪薬と腰痛(ヘルニアだったそうです)の薬の併用
・ランチにワインは外国では全くおかしくない
・会見の映像を繰り返し繰り返ししつこく流し、肝心のG7の功績(日本は最大限の称賛をされている)は全く報道しないマスコミ
・「バイ・アメリカン」を批判したことも全く報道なし
・アメリカなどの思惑
・同行していた財務省官僚たちは何をしていたのか
・ランチに同席していた読売新聞の越前谷知子記者を、読売新聞社公式サイトから削除
・越前谷記者が「面白い会見になるわよ」と発言したという噂(ソースなし)
・会見後のバチカン美術館視察で、立ち入り禁止区域に入り警報機を鳴らした、非常識な行動があった、などの捏造(同行したバチカン神父が全て否定)
など、非常に多くの不審点があります。
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政治-野党(2012.12.25まで)
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