人気ブログランキング | 話題のタグを見る
和はいい和@どうみん
doumin.exblog.jp
ブログトップ
7月にみんなの党から出馬した中川賢一氏、もはや離党届提出
みんなの党公認で今年7月の参院選北海道選挙区から出馬した中川賢一氏が、
もはや離党届を提出したそうです。

中川賢一氏プロフィール
http://your-nakagawa.jp/profile/
1967年(昭和42年) 札幌市生まれ
             札幌市立中の島小学校入学、緑ヶ丘小学校卒業札幌市立伏見中学校卒業
1985年(昭和60年) 北海道立札幌南高等学校卒業
1989年(平成元年) 東北大学経済学部経済学科卒業
1989年(平成元年) 北海道拓殖銀行入行。首都圏で法人融資などに従事
1994年(平成6年) 北海道の産業政策に携わりたく、北海道庁へ転職
             ベンチャー支援や観光、国際ビジネス支援などを担当
2003年(平成15年) 北海道・北東北3県シンガポール事務所副所長
             北海道観光や道産品のアジアでの市場拡大などに従事
2010年(平成22年) 北海道庁を退職
             参議院議員選挙に北海道選挙区から出馬するも惜敗
             現在 国政を目指し活動中
             札幌国際大学非常勤講師



中川賢一氏は、中川義雄前参議院議員のご長男です。
7月の参院選では、前述の通り賢一氏はみんなの党からの出馬でしたが、
お父様の義雄氏は自民党を離党し、たちあがれ日本から出馬していました。

義雄氏と、故中川一郎氏はご兄弟。
一郎氏は「北海のヒグマ」の愛称を持つ自民党タカ派議員でした。
石原慎太郎氏、故渡辺美智雄氏(みんなの党の渡辺喜美代表のお父様)らと、「青嵐会」を結成。
豪快ながら繊細、かつ頭の切れる魅力ある人物です。

そして、故中川一郎氏のご長男は故中川昭一氏です。

つまり、賢一氏は中川昭一氏の従兄弟に当たります。




賢一氏の離党について、
各社の報道を見てみましょう。

iza:元道職員の中川賢一氏がみんなの党離党 2010/12/29 10:43更新
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/479403/
 7月の参院選北海道選挙区にみんなの党公認で出馬し、落選した元道職員の中川賢一氏(43)は28日、札幌市で記者会見し、23日付で離党届を提出したと発表した。次期衆院選道1区に同党公認で立候補予定だった。離党理由について、中川氏は「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)などをめぐり、私の考えと党の目指す政策が一致しない状況になった」とし、当面は無所属で活動を続ける。中川氏は中川義雄前参院議員の長男。


道新:みんなの党、道内正念場 中川賢氏離党届 候補予定者は批判(12/29 12:32)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/266474.html
 みんなの党に離党届を提出した同党衆院道1区支部長の中川賢一氏(43)は28日、道庁で記者会見し、離党理由として「党との考えの不一致」を挙げた。同党は道内での党勢拡大に向け、来春の統一地方選で積極的な候補擁立方針を打ち出していたが、事実上の道内代表者である中川氏の突然の決断で正念場に立たされた。<北海道新聞12月29日朝刊掲載>


道新:みんなの党・中川賢一氏、離党届(12/28 16:39)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/266396.html
 今年7月の参院選道選挙区にみんなの党公認で出馬、落選し、現在は同党衆院道1区支部長を務める中川賢一氏(43)が、同党に離党届を提出していたことが28日、分かった。

 離党届は今月23日付。中川氏は理由について「環太平洋連携協定(TPP)への対応など、政策課題をめぐり党と自分の考え方に齟齬(そご)を感じるようになった」と話している。当面は無所属で次期衆院選出馬を目指すとしている。中川氏は中川義雄前参院議員の長男。道職員を辞めて7月の参院選道選挙区に出馬、約32万票を獲得した。


毎日新聞:中川賢一氏:離党届提出 「根本的に疑問」--みんなの党・衆院道1区 /北海道
2010年12月29日 地方版
http://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20101229ddlk01010129000c.html
 みんなの党衆院道1区の中川賢一支部長(43)は28日、道庁で記者会見を開き、党本部に23日付で離党届を提出したことを明らかにした。中川氏は「この党で『保守の理念』を実現できるのか、根本的に疑問を感じるようになってきた」と説明し、当面は無所属で政治活動を続けていく考えを示した。

 中川氏は「気持ちとしてはなじみ深い(衆院道)1区で頑張っていきたいが、いろいろな可能性を検討したい。基本的には国政を目指したい」と述べ、ほかの選挙区からの出馬に含みを持たせた。元道職員の中川氏は7月の参院選に立候補して落選。10月にはみんなの党の衆院道1区支部長に就任していた。

 みんなの党北海道連絡会議副代表の関藤龍也・滝川市議は「中川さんは参院選で党の看板を掲げたからこそ約32万票の票を集めた。まだ数カ月しかたってないのに、支持してくれた有権者にどう説明するつもりなのか」と話した。

 一方、みんなの党は28日、中川氏の離党について「他党から立候補するなら除名となるだろう」との見解を発表した。中川氏に代わる衆院道1区の立候補予定者については「早急に決定したい」とした。【高山純二、岸川弘明】


朝日新聞:みんなの党・中川氏が離党届 参院選で落選 2010年12月29日
http://mytown.asahi.com/areanews/hokkaido/HOK201012280008.html
 今夏の参院選道選挙区にみんなの党公認で立候補し、落選した中川賢一氏(43)は28日、道庁で記者会見し、離党届を提出したことを明らかにした。中川氏は「保守の理念を実現できるか、疑問を感じるようになった」と説明。今後は札幌市を拠点に活動し、国政を目指すという。

 中川氏は次期衆院選で1区(札幌市中央区、西区、南区)から立候補する意向を示していたが、「1区をベースに、いろんな可能性を含めて検討したい」と述べた。

 また、「一緒にやってきた仲間に大変申し訳ない」と陳謝し、今後の所属について「今、具体的なプランはないが、あらゆる選択肢は排除しない」とした。

 中川氏は、中川義雄前参院議員の長男。北海道拓殖銀行をへて1994年、道庁入り。今年5月、道庁を退職し、参院選に立候補した。


日経:中川氏、みんなの党に離党届 TPPで意見の相違 2010/12/28 19:51
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819
481E0EAE2E1E48DE0EAE3E0E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;at=ALL

 7月の参院選で北海道選挙区からみんなの党公認で出馬した中川賢一氏(43)が28日に札幌市で記者会見し、23日付で離党届を提出したと発表した。環太平洋経済連携協定(TPP)に賛成の党の方針と意見が合わなかったのが主な理由。これを受け、みんなの党は「『尊農開国』のアジェンダを中川氏は信念として持ち得なかった。他党からの立候補となれば除名」とのコメントを発表した。中川氏はたちあがれ日本の中川義雄前参院議員の長男。




次に、中川賢一氏のブログ
ツイッターでは特に触れていないようです)

新たな決意とご挨拶 2010年12月28日
http://www.your-nakagawa.jp/blog/2010/12/2857.html
(一部抜粋)
しかしながら、その間「みんなの党」の活動として「脱官僚」という部分ばかりが目立って前面に打ち出される中で、私が政治を志す原点でもあった、伯父・中川一郎、従兄・昭一、そして父・中川義雄が必死に訴えてきた「保守の理念」―すなわちグローバル時代にあっても、日本人が長い歴史の中で培ってきた国民性、伝統や価値観といった、いわば“民族の英知”に立脚し、その上で時代の動きに合わせてこの国を“進化”させていくという保守の政治を、本当にこの党で実現できるのかという、根本的な疑問を感じるようになってきました。

それに加え、現在、TPP参加の可否という、北海道の基幹産業である農業を核とする一次産業の将来を決する死活的な政治課題が突きつけられており、私の考えと党が目指す政策や方向性というものが必ずしも一致しない状況になってまいりました。
支援者の多くから、
「日本や北海道の現状に照らし、本当にみんなの党でいいのか?」、
「あなたの父親を初め、中川家の政治家たちがこよなく大切にしてきた北海道の農業、一次産業にしっかりと目を向けてくれ!」
そのような厳しいお声を頻繁に頂戴し、私としても大いに悩みました。
そして、農業や一次産業の現状を改めて正面から直視し、現場の方々と一緒の目線に立って将来展望を切り拓いていくことは、この党では残念ながら難しいという考えに至りました。

このような思いから、今後の自分の進路や方向性について周囲の支援者とも相談した結果、みんなの党での活動をここで一旦解消し、あくまでも健全な保守の理念を基軸とした政治の実現のために、そして北海道・日本の未来のために、自分に何ができ、何をなすべきか、今一度じっくりと考えなければいけないという結論に至り、私はこの度、去る12月23日付で党本部に離党届を提出させていただきました。


父の十勝への思い 2010年12月02日
http://www.your-nakagawa.jp/blog/2010/12/0255.html
昨日12月1日、父 中川義雄の旭日重光章受章をお祝いして下さる会が帯広市で開催されました。
父にとっては、ふるさと十勝での集大成となる舞台かもしれません。
農林水産業はもとより各界から多くの方々にお集まりいただき、中には昭和54年の北海道議会議員初当選の頃からの仲間の顔もあり、父にとって感慨ひとしおの晴れ舞台だったと思います。

北海道の農業を愛し、その潜在力を信じ、多くの仲間とともに北海道の一次産業の発展のために体を張ってきた政治人生。
でも昨日の挨拶は、まだまだやり残していることがたくさんあるかのような思いがいっぱいでした。
「いまの民主党政権下で、十勝のような強い農業が実現できる地域が、その本来の力を発揮できなくなってきている。」
「せっかく築き上げてきた農業・一次産業の基礎が崩れ、北海道の産業基盤がおかしくなってしまう。」
そんな危機感ばかりが父の口からついて出ました。
「兄の中川一郎も、甥の中川昭一も大きな勲章をいただいたが、いずれも亡くなってからだった。自分は幸い生きているうちにいただくことができたが、それが申し訳なくもある。生きている自分は次の十勝を担う人材をしっかりと育てなくてはいけない。」
そう語る父の姿は、若いころの勢いこそはありませんが、ふるさと北海道の将来を本気で思う凄みを感じさせるものでした。


私もあの「熱」を持たなくてはいけない。
父とは育った環境も得意とする分野も決して同じではない自分ですが、北海道の発展に没頭する父の姿を見て育ち、政治家を意識するようになった以上、あの「熱」をしっかりと持たなくてはと改めて思うひとときでした。



うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

言ってることはすごく立派だし、
是非頑張ってほしいのは山々ですが。

じゃ、何でみんなの党から出たの?
たちあがれ日本から出馬するお父様の足を引っ張ってまで?
何でもっと早く気付かなかったの?
という疑問。

まぁ、終わってしまったことは仕方が無い、
それはそれとして、みんなの党で頑張・・・・・
えっ!
もう離党?!


やっぱ甘やかされて育った人、っていう印象が拭えない。
政治家を目指すのはやめたほうが良かったんじゃないかな。
普通に道庁に勤めていれば良かったのに。
いくらサラブレッドの家系に生まれても、向き不向きはあるし。
何よりも一番良くないのはブレ。
こんな短い間にコロコロ変わるようじゃ・・・。

離党の理由も良く分からない。
保守ということをみんなの党はどう考えているのか?などは、
一般人でも知っていたようなことだし。
入党前にそれすら読めなかったの?と思ったらがっくりする。

本当は、
お父様である義雄氏、叔父の一郎氏、そして従兄弟の中川昭一氏の志を、受け継いでほしい。
参院選で中川の名は途絶え、中川王国のひとつの区切りと言われたけれど、
いや違う、まだ終わりじゃない、
と言わせてほしいところなんですけどね・・・。

昭一氏の美しい奥様、郁子氏が次期衆院選に出馬するかもという噂。
奥様に期待しようかな。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

■当ブログ内関連記事

■カテゴリ:政治-野党

トップページ
by doumin | 2010-12-29 18:58 | 政治‐野党(2012.12.25まで)