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硫黄島御遺骨収集 菅首相「帰還に全力」 毎日新聞「国の責務として推進を」
珍しい。

毎日新聞社説:硫黄島遺骨収集 国の責務として推進を 2010年12月16日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/
20101216ddm005070060000c.html

 太平洋戦争の激戦地、硫黄島(東京都小笠原村)で戦死した日本兵の遺骨収集に菅直人首相が力を入れている。首相は現職首相として5年ぶりに同島を訪ね、現地の状況を視察した。

 戦後処理をめぐってはシベリア抑留者に特別給付金を支払う特別措置法がようやく成立したが、同島や在外戦没者の遺骨収集も大きな残された課題だ。遺族の高齢化も進んでいる。与野党も後押しする形で収集作業を急いでほしい。

 硫黄島ではさきの大戦の末期に日米両軍の間で激しい戦闘が行われ、日本側はおよそ2万2000人が戦死した。米国から同島が返還されて以来遺骨の収集作業が行われ、これまでに8700柱以上が収集された。だが、なお約1万3000柱が残っている。

 首相は以前から同島での遺骨収集に強い関心を示し、首相就任間もない8月、政府による特命チームを発足させた。米国立公文書館から資料の提供を受け集団埋葬地と見られる区域2カ所を確認、調査や発掘を進めている。政府が調査を始めて以降、同地点で収容された遺骨は298柱にのぼる。

 首相は視察後の追悼式で「遺骨を家族の待つ地に返すのは国の責務。一粒一粒の砂まで確かめ、一人でも多く帰還できるよう全力を尽くす」と語った。政府が戦没者への弔意を示すうえで、遺骨収集はまさに基本的な行為だ。首相が「国の責務」と言い切る姿勢には賛成だ。

 首都・東京都にありながら遺骨収集がなかなか進まなかったのは埋葬地点の特定が難しいことに加え、関係する省庁によるタテ割りの弊害もあったとされる。政府は来年度予算案の概算要求に硫黄島の遺骨収容経費15・6億円を盛り込み、レーダー探査なども予定する。現在の自衛隊滑走路の下に遺骨が埋葬されている可能性も指摘されている。さまざまな情報を冷静に分析し、速やかに作業を進めてほしい。

 遺族の高齢化が進む中、収集作業は時間との闘いでもある。沖縄と硫黄島を含む在外戦没者約240万人のうち、約114万人の遺骨がなお戦地に眠る。フィリピンで遺骨収集を委託されたNPO法人が集めた骨に現地の人の遺骨が交ざっている疑惑が指摘され、厚生労働省が検証に乗り出すなど、戦後65年を経ての作業は並大抵ではない。だが、決して放置できぬ課題として、政府は直視すべきではないか。

 これまた首相の政権浮揚策の一環、という意地悪な見方はあえてすまい。首相の独り相撲に終わらぬよう、むしろ党派を超え、与野党が力を合わせるべきである。


首相官邸:硫黄島からの遺骨帰還のための特命チーム
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ioutou/



ほんとに珍しい。

何が珍しいかというと、
毎日新聞の社説に同意することと、菅さんに頑張ってほしいと思ったこと。
「珍しい」を「初めて」に置き換えた方が良いかも(笑)ですが、とにかく驚き。

パフォーマンスだったとしても、御遺骨が帰還できるのなら・・・。
軍手をしたまま手を合わせるという非礼だけは改めてもらって、
この動きをこれからも加速させてほしい。



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■関連リンク

御遺骨の帰還は厚生労働省が主体的に実施しているので、
厚労省サイト内検索を。
「硫黄島」や「硫黄島戦没者遺骨帰還」などのキーワードで検索してみてください。

厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/




軍手・・・。

産経:首相が硫黄島で遺骨収集 「帰還に全力」と約束 2010.12.14 21:24
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110113/plc11011303460026-n1.htm

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 硫黄島の遺骨収集作業現場で手を合わせる菅首相=14日午後、東京・小笠原村(代表撮影)
 菅直人首相は14日、先の大戦の激戦地となった硫黄島(東京都小笠原村)を訪問し、新たに見つかった日本兵の集団埋葬地で政府の特命チームが進める遺骨収集作業を視察し、戦没者追悼式に出席した。民主、自民、社民、たちあがれ日本の国会議員が同行した。

 硫黄島では約2万2千人の日本兵が戦死したが、約1万3千柱が収容されずに残っているとされる。

 首相は自ら遺骨を収容=写真(代表撮影)。追悼式で「火山灰の混じる土を掘り起こし、帰還を待つ方々を捜し求めるうちに痛切な感情が胸にこみあげてきた」と語った上で、「ご遺骨をご家族の待つ地にお返しするのが国の責務。一人でも多くの方のご帰還につなげるよう全力を尽くす」と約束した。

 現職首相の硫黄島訪問は平成17年6月の小泉純一郎氏以来で、首相は野党時代の18年9月に訪れたことがある。


(追記)WSJ:日本政府、硫黄島戦没者の遺骨捜索強化 2011/2/16 12:11
http://p.tl/yn59
http://www.peeep.us/af982c40

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David Guttenfelder/Associated Press
硫黄島戦没者の集団埋葬現場を訪れた菅首相(10年12月)
【東京】硫黄島の激戦から66年。太平洋に浮かぶこの島にはまだ、戦没者の遺骨が数多く取り残されており、日本政府は現在、その収容作業を急いでいる。

菅直人首相は15日、東京の千鳥ヶ淵戦没者墓苑で行われた硫黄島戦没者遺骨引き渡し式に出席し、「遺骨を一刻も早くお迎えするために、国の責務とし て収容 作業を徹底していく」と述べた。式では、ボランティアの遺骨帰還団によって過去1年間に収容された822人分の遺骨が政府に引き渡された。

過去の作業では、1年に収容される遺骨は数十人分程度であり、それに比べると今年度の収容作業は非常に大きな規模となった。そして、4月1日から始 まる来 年度中には、多くの学生ボランティアを含む600人のチームが収容作業のために派遣される予定であることから、帰還する遺骨はさらに増える見込みだ。昨年 までは、20人程度で編成されたチームが年4回、作業を行うに過ぎなかった。

今回の収容作業が成功したのは、日本 の当局者がワシントンの米国国立公文書館で新たに行った調査に起因している。この調査は、菅氏が昨年6月の首相就任直後に開始したプロジェクトの一環であ る。調査に当たった当局者は日本人兵の集団埋葬地を数カ所特定することに成功しており、遺骨発掘作業は現在、これら埋葬地を中心に行われている。

1945年春、日本軍と米軍は日本とグアムの間に位置する小島、硫黄島で太平洋戦争で最も激しい攻防を繰り広げた。米軍は、戦闘中の戦死と負傷によ るその 後の死亡を含め、8000人を超える戦死者を出し、負傷者も1万9000人に上った。一方、日本軍の戦死者は2万3000人と推定されている。米軍の海兵 隊が勝利後、摺鉢山の頂に星条旗を打ち立てたが、その一瞬を捉えた写真によって、この戦いは米国で有名になった。米俳優・監督のクリント・イーストウッド 氏は硫黄島の戦いを取り上げ、2006年に2作の映画「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」を発表した。

硫黄島には現在も約1万 3000人分の遺骨が埋もれていると考えられている。菅首相が遺骨帰還プロジェクトを積極的に推進すると、日本国内では驚きの声が多く上がった。この問題 は、国内世論、特に第2次世界大戦にまつわる他の問題への政府対応に不満を持つ高年齢有権者層の心に訴える力がある。一方、大戦中に戦地となった沖縄の米 軍基地移転問題が行き詰っていることで、日米政府の絆が現在試されている。また、ロシアは日本の北方領土の主権をめぐり、強硬姿勢を強めている。

第2次世界大戦の軍人やその遺族を代表する団体は長い間、大きな政治的影響力を有してきており、過去の総理大臣を含め、有力政治家に対して戦没者を祭る靖国神社への参拝を促してきた。政治家の靖国参拝は中国や韓国など近隣諸国の反発を招くリスクがある。

中道左派の民主党の指導部で靖国参拝を行った議員は今のところ一人もいない。しかし菅首相は、従軍世代が消える前に行方不明の戦死者の遺骨収収集と いった 問題で元軍人を代表する団体から圧力を感じるようになった。同首相は昨年12月、硫黄島の遺骨発掘現場を電撃訪問。いつもは民主党に批判的な保守系日刊 紙、産経新聞がめずらしく社説の中で首相を称賛した。

このような首相の行動はまた、15日の遺骨引き渡し式に出席 した硫黄島戦没者の遺族から高く評価された。首相に率いられた数十人の政府当局者が100人を超える遺族とともに式に参列。鮮やかな朝日が前夜に積もった 雪を解かすなか、参列者は新たに見つかった遺骨が納めれたつぼの前に黄色い菊をささげた。

ただ、36個の骨つぼに分納された遺骨のほとんどは、身元が確認できなかった。

記者:Yuka Hayashi




官邸HPのほうは軍手なしですね。

首相官邸:菅総理の動き 硫黄島視察 平成22年12月14日
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/actions/201012/14ioutou.html

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御遺骨に手を合わせる菅総理



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■追記

読売:硫黄島遺骨収容、ボランティア公募で作業加速へ 2010/12/26[07:58:55]
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101226-OYT1T00002.htm
政府は太平洋戦争末期の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)の遺骨収容事業について、来年度から民間ボランティアを公募する方針を固めた。

全体が自衛隊敷地の同島は、旧島民の慰霊行事や遺骨収容に参加する遺族を除き、入島が原則禁じられており、公募は事実上の入島制限緩和となる。遺族の高齢化が進んでいることから、若者を中心に作業員を増やすことで作業を加速させたい考えだ。

来年度予算案では、硫黄島の遺骨収容事業費として13億1900万円を計上、今年度の1億3600万円から大きく積み増した。今年度は日本遺族会や小笠原村在住硫黄島旧島民の会などボランティアは延べ約60人だったが、11年度は延べ約600人に大幅拡大し、少なくとも4割は公募する方針だ。期間ごとに派遣していた厚生労働省の職員も交代で1人を常駐させる。

硫黄島では旧日本軍約2万2000人が戦死したとされ、国内戦地では最大となる約1万3000柱の遺骨がいまも収容されていない。政府は8月に阿久津幸彦内閣府政務官をリーダーとする特命チームを発足させ、4回にわたり厚労省や防衛省職員らによる調査団を派遣。島内2か所で米国の公文書に記された計2200人規模の集団埋葬地を確認し、今年度はこれまでに351柱(過去5年平均49・6柱)の遺骨を収容した。


時事:菅首相の施政方針演説全文(2011/01/24-20:18)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201101/2011012400411
(一部抜粋)
 また、硫黄島遺骨帰還の特命チームは、4年前に硫黄島を訪問して以来、温めてきた構想でした。国内であるにもかかわらず、硫黄島には今も1万3000柱ものご遺骨が収容されずに眠っています。そのご帰還は国の責務として進めなければなりません。特命チームが米国で大量の資料を調べ、ご遺族や関係者のご協力をいただいた結果、新たな集団埋葬地を見つけることができました。


毎日:硫黄島:遺骨822柱の引き渡し式 千鳥ケ淵戦没者墓苑で
2011年2月15日 11時43分(最終更新 2月15日 12時31分)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110215k0000e010056000c.html
 太平洋戦争の激戦地・硫黄島(東京都小笠原村)で10年度に収容された旧日本兵の遺骨822柱を、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑に納めるための引き渡し式が15日午前、同墓苑であった。菅直人首相は遺族ら約100人を前に「ご帰還された戦没者の皆様、長い年月お待たせし、深くおわびします。家族の待つ祖国に帰った今、安らかにお眠りください」と述べ、残る遺骨収容の徹底を約束した。

 硫黄島では45年に日本兵約2万2000人が戦死したが、09年度までに見つかった遺骨は約8700柱にとどまっていたため、昨年6月に就任した菅首相が収容の強化を指示。政府の特命チームが米国の資料から集団埋葬地を特定するなどし、過去10年の年間平均収容数(64柱)を大きく上回る遺骨が見つかった。【青木純】


時事:硫黄島遺骨、収容に責務=菅首相(2011/02/15-11:46)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011021500347
 菅直人首相は15日午前、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑で開かれた政府主催の「硫黄島戦没者遺骨引き渡し式」に出席した。首相はあいさつで「硫黄島では今もなお多くの戦没者が帰還を待っている。こうした方々の遺骨を一刻も早くお迎えするため、引き続き国の責務として収容作業を徹底する」と述べた。
 太平洋戦争の激戦地だった硫黄島(東京都小笠原村)では日本兵約2万2000人が戦死したが、2009年度までに収容した遺骨は約8700人分にとどまっている。式では、政府の遺骨帰還団が10年度に持ち帰った822人分の遺骨を、身元調査などを行う厚生労働省に引き渡した。
 首相は昨年12月、硫黄島を訪問。収容作業を視察したほか、戦没者追悼式に出席した。


産経:硫黄島遺骨822人分“帰還” 前年16倍、首相も「風化させぬ」
2011.2.15 12:52
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110215/plc11021513160014-n1.htm
 厚生労働省は15日、第二次大戦の激戦地、硫黄島に派遣した平成22年度の戦没者遺骨収集事業で収容された遺骨数が、前年度比16倍の計822人分にのぼったことを明らかにした。今年度最終の第4次派遣団(1月26日~2月14日)による同省への遺骨引き渡し式が15日、千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)で営まれ、出席した菅直人首相はあいさつで「悲痛な歴史を風化させず、若い世代に伝えたい」と述べた。

 硫黄島での政府戦没者遺骨収集事業は、同島が日本に復帰した翌年の昭和44年度から本格化。44年度は2837人分、45年度は852人分が収容されたが、近年は大きな成果が得られず、平成17~20年度は26~84人分、21年度も51人分にとどまっていた。

 22年、首相の指示で事業推進の特命チームが発足し、米軍による集団埋葬について記した新資料を米国立公文書館で発見。10月の試掘の結果、島南部の摺鉢(すりばち)山山麓で200人規模、島中心部の海上自衛隊基地の滑走路周辺で2千人規模の埋葬地が特定され、本格的な収集が進められていた。

 この結果、22年度は7月の第1次派遣では6人分にとどまったが、第2次(10月)51人分▽第3次(12月)283人分▽第4次481人分-を収容。8月の調査で収容された1人分を含む計822人分は、昭和45年度に次ぐ過去3番目の収容数となった。

 厚労省によると、硫黄島では約2万1900人が戦死したが、平成21年度までに収集されたのは8715人分にとどまる。同省は23年度も集団埋葬地での収集を継続するほか、今後3カ年で事業を強化する方針。


NHK:首相“硫黄島 遺骨収集急ぐ” 2月15日 12時59分
http://www.nhk.or.jp/news/html/20110215/t10014065611000.html
菅総理大臣は、太平洋戦争末期に激戦地となった硫黄島で新たに見つかった戦没者の遺骨の引き渡し式に出席し、40年ぶりに822人の遺骨が収集されたことを明らかにしたうえで、今後も遺骨の収集を急ぐ考えを示しました。

東京・千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑で行われた遺骨の引き渡し式には、遺族に加え、菅総理大臣が現職の総理大臣として初めて出席しました。この中で、菅総理大臣は、今年度の調査で822人の遺骨が収集されたことを明らかにしたうえで「帰還いただいた戦没者には、長い年月お待たせしたことに申し訳ない。家族の待つ祖国に帰った今、どうか安らかに眠ってください」と述べました。そのうえで、菅総理大臣は「今なお残された戦没者の一刻も早い帰還のため、引き続き国の責務として収容作業を徹底していくとともに、悲痛な歴史を風化させることなく、若い世代に伝えていく」と述べました。遺骨は政府の調査団から厚生労働省に引き渡されましたが、大半は身元の確認が難しく、遺族のもとに返すことができないため、戦没者墓苑に納められます。政府は、去年、特命チームを設置して本格的な遺骨収集に取り組み、800人を超える収集が行われたのは40年ぶりのことです。しかし、硫黄島では今も1万2000人余りの遺骨が見つかっておらず、政府は、新年度は従来の7倍の14億円の予算を計上し、担当者を常駐させたり重機を増やしたりして、遺骨の収集を急ぐことにしています。硫黄島で父親を亡くし、今年度の遺骨収集に参加した、広島市の金井佳治さんは「今回、多くの遺骨が収集されたことはとてもありがたく思っています。遺族は皆、高齢化していて、現地での収集に参加できなくなる人も多い。島に残る遺骨を一人でも多く故郷に戻すために、これからは若い世代の人たちにも協力してほしい」と話していました。


朝日:硫黄島・滑走路下の遺骨をレーダー探査へ 防衛省 2011年6月13日15時5分
http://www.asahi.com/national/update/0613/TKY201106130110.html
 太平洋戦争で激戦地となった硫黄島で今年秋から、レーダーを使った遺骨の探査が始まる。これまで本格的な調査ができなかった滑走路の下を調査。多くの遺骨が確認されれば、終戦直後から使ってきた滑走路をはがして、収集することも検討するという。

 硫黄島での旧日本軍の戦死者は約2万2千人とされる。これまでに収集された遺骨は約9300人分。政府は毎年、調査団を派遣してきたが、1992年以降は数十人分しか見つからない年が続いていた。

 昨年8月、首相官邸や厚生労働省、防衛省などがつくった特命チームが、米国立公文書館に所蔵されていた米軍作成の硫黄島の地図を発見。2カ所に「敵の墓地」と書き込まれているのを見つけた。集団埋葬地が特定できたことで、昨年度は822人分の遺骨を収集した。このうち1カ所は滑走路のすぐ近くで、これまで本格的な調査ができていない場所だった。


朝日:硫黄島の遺骨収集、深刻な水不足で延期 政府決定 2011年8月12日19時43分
http://www.asahi.com/politics/update/0812/TKY201108120382.html
 東京・硫黄島の水不足が深刻化している問題で、政府は12日、今年度から同島で本格的に始めようとしていた戦没者の遺骨収集を延期すると発表した。

 政府は8月30日から9月7日まで、遺族会の会員や初めて公募したボランティアら約50人を派遣する計画だったが、唯一の水源である自衛隊の貯水池(容量8万トン)の水が4分の1ほどに減少。「8月中旬になっても深刻な渇水状況が改善せず、派遣団の滞在は非常に困難」(厚生労働省)として延期を決めた。実施時期のめどは立っていない。


産経:今年度初の硫黄島の遺骨収集 水不足で延期決定 2011.8.13 01:30
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110813/trd11081301310001-n1.htm
 今年度から大幅に態勢が強化される予定だった硫黄島(東京都小笠原村)での戦没者遺骨収集事業をめぐり、厚生労働省は12日、今月末に予定されていた今年度第1陣の派遣を再延期することを決めた。島の記録的な少雨で、飲料水などが確保できないことが理由という。同事業は菅直人首相肝いりのプロジェクトで、第1陣は当初4月に派遣予定だったが、東日本大震災の影響で延期されており、2度目の“頓挫”に。菅首相の退陣も迫る中で、遺族らは事業そのものの行く末を案じている。

 硫黄島への政府収集団派遣は、日本復帰翌年の昭和44年度から本格化。原則年4回の派遣で、近年は成果が上がらなかったが、昨年度は集団埋葬地の存在が明らかになり、収容遺骨数は前年度の16倍に上った。それでも、島での戦死者約2万1900人のうち、今年8月現在で収容された遺骨は9540人分(44%)にとどまっている。

 政府は今年度、関連予算として前年度の約7倍となる11億6千万円を計上し、4月から毎月収集団を派遣する方針を決定。参加者を延べ600人に増やし、うち約4割を学生などの若年層で占める計画だった。

 しかし、3月に東日本大震災が発生し、救助や復興活動のため、収集団を島に送る予定だった自衛隊機も含めて被災地に投入。事業開始は一時延期された。

 7月になり、ようやく第1陣を8月末に送ることが決定。公募のボランティアを含む総勢約50人態勢で、依然約1300人分の遺骨があると推定される海上自衛隊の滑走路周辺の集団埋葬地で作業を計画した。

 ところが、今度は少雨が障害として立ちはだかった。硫黄島の今年1~6月の降水量は、例年の約4割にとどまり、雨水がたまる貯水池が唯一の水源となる島は水不足が深刻化。同島は全体が海自基地だが、防衛省も現地の隊員を本土に帰還させるなど、隊員の活動にも影響が出る危機的状況となっている。

 このため厚労省は、やむなく延期を決定。同島は戦時中も「真水がない島」として日本兵を苦しめたが、同省は再開のめどについて「島の渇水改善後になるが、現時点ではまったく未定」としている。


産経:「一刻も早く再開を」硫黄島戦没者遺族の思い 2011.8.13 01:30
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110813/trd11081301310000-n1.htm



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by doumin | 2010-12-16 15:56 | 歴史 | Comments(0)
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