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「日の丸のご支援がなければ受賞できなかった」「まさに日本という国が受賞した賞」ノーベル賞の山中教授
iPS細胞の山中氏らにノーベル賞 再生医療実現に道
朝日新聞デジタル 10月8日(月)18時39分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121008-00000031-asahi-sci
http://www.asahi.com/science/update/1008/TKY201210080300.html (魚拓)
(抜粋)
 名目上、私に贈られたことになっているが、日の丸のご支援がなければ、こんな賞は受賞できなかった。大きな支援をいただき研究を発展させることができました。まさに日本という国が受賞した賞だと感じています。


NHK:山中さん会見“まさに日本が受賞” 10月8日 20時17分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121008/k10015594881000.html
午後8時から京都大学で行われた記者会見で、山中教授は「ノーベル賞の受賞は何時間か前にスウェーデンから電話で知らせていただいた。本当に心の底から思ったのは、ノーベル賞は、名目上は私とガードンさんの受賞だけれども、日本という国に支えていただいて、日の丸のご支援がなければこのすばらしい賞は受賞できなかったということを心の底から思った。まさに日本という国が受賞したものだと感じている」と述べました。


山中教授「まさに日本という国が受賞した賞」
読売新聞 10月8日(月)20時19分配信
最終更新:10月8日(月)22時59分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121008-00000647-yom-sci
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20121008-OYT1T00647.htm


__________________

※管理人注
同URLの20時19分時点の記事では「日の丸の教え」となっていますが、
「日の丸のご支援」が正しいようです。

読売:山中教授「まさに日本という国が受賞した賞」(2012年10月8日20時19分)
http://megalodon.jp/2012-1008-2059-41/www.yomiuri.co.jp/science/news/20121008-OYT1T00647.htm
 ノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授は8日夜、同大で記者会見し、「日本という国に支えていただいて、日の丸の教えがなければ、この素晴らしい受賞はなかったと心の底から思った。まさに日本という国が受賞した賞だと感じている」と語った。

 山中教授は、国や友人、家族らの支援あってこその受賞だったことを強調し、「感想を一言で表現すると感謝という言葉しかない」と述べた。


時事:「やっぱりすごい先生」=皮膚片提供の難病の少年が会見-兵庫(2012/10/08-21:18)
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%bb%b3%c3%e6%a1%a1%a5%ce%a1%bc%a5%d9%a5%eb&k=201210/2012100800416


TBS:山中教授「まさに日本という国が受賞」(08日23:29)
http://news.tbs.co.jp/20121008/newseye/tbs_newseye5151425.html
http://megalodon.jp/2012-1010-1351-30/news.tbs.co.jp/20121008/newseye/tbs_newseye5151425.html
(抜粋)
 「本当に光栄。まさにこれは日本という国が受賞した賞だと」(京都大学 山中伸弥教授)


毎日:山中氏ノーベル賞:目元緩ませ「感謝」繰り返し
2012年10月08日 21時36分(最終更新 10月09日 00時45分)
http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000m040051000c.html (魚拓)
(抜粋)
「名目上は山中伸弥だが、日の丸のご支援がなければ受賞はできなかった」


時事:「本当の貢献、これから」=山中さん、笑顔で会見-受賞連絡、洗濯機とともに(2012/10/09-00:09)
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%bb%b3%c3%e6%a1%a1%a5%ce%a1%bc%a5%d9%a5%eb&k=201210/2012100800399
(抜粋)
 また「私は無名の研究者だった。国の支援がなければ受賞できなかった。日本という国が受賞した」と研究費支援に感謝した。


テレ朝:日本人19人目のノーベル賞 iPS細胞・山中伸弥教授(10/09 05:50)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/221009000.html (魚拓)
 今年のノーベル医学生理学賞に京都大学の山中伸弥教授(50)が選ばれました。受賞会見の直前には、野田総理大臣から祝福の電話が入りました。

 ノーベル医学生理学賞受賞・山中伸弥京大教授:「日本、日の丸の支援がなければ、このように素晴らしい賞を受賞できなかったことを心の底から思いました」
 山中教授は世界で初めて、あらゆる細胞に変化する可能性を持つ「iPS細胞(万能細胞)」を人間の皮膚の細胞に4つの遺伝子を導入するという手法で作製しました。これにより、難病の治療や再生医療の実現に大きく道を開きました。
 京大生:「誇りだとは思います」「研究者からすると夢というか、僕らも後に続いて、社会貢献できればいいと思う」
 山中教授は、大教大附属高校天王寺校舎の出身ですが、卒業アルバムには「夢を大事に!」の言葉を記しています。
 神戸大学時代の同級生:「筋が通ってまして、竹のようにまっすぐな性格。一つのことを信じてやってきたのが、こういう結果につながった」
 また、山中教授に研究用の細胞を提供した兵庫県明石市に住む難病の山本育海さん(14)も受賞を喜びました。
 細胞を提供した山本育海さん:「iPS細胞のことが世界中に広まっていくことがすごいと思う」
 山中教授は、「一日でも早く医学に応用したい」と話しています。日本人のノーベル賞受賞は、これで19人目となりました。


日刊スポーツ(共同):日の丸支援のおかげ/山中教授一問一答[2012年10月9日6時11分]
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20121009-1029912.html
(抜粋)
日本、日の丸の支援がなければ、こんなに素晴らしい賞を受賞できなかった。まさに日本が受賞した賞。


ノーベル医学生理学賞 「iPS細胞」作製の京大・山中教授ら受賞
フジテレビ系(FNN) 10月9日(火)6時32分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20121009-00000123-fnn-int
2012年のノーベル医学生理学賞に、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を世界で初めて作製した京都大学教授の山中伸弥さん(50)ら2人の受賞が決まり、山中教授が8日夜、喜びの会見を開いた。
山中教授は「私が受賞できたのは、日本という国に支えていただいて、日の丸のご支援がなければ、このように素晴らしい賞は受賞できなかったと、心の底から思いました」と語った。
受賞が決まったのは、山中教授とイギリス・ケンブリッジ大学のジョン・ガードン名誉教授の2人。
山中教授は、2007年にヒトの皮膚の細胞から体のさまざまな組織や臓器を作り出すことができるとされるiPS細胞を世界で初めて作製した。
山中教授は「今、難病で苦しんでおられる方、本当にたくさんの人がiPS細胞だけではなく、いろんな技術を使って一生懸命研究しているので、苦しい大変なご苦労をされていると思いますが、希望を捨てずにいていただきたい」と語った。
また、山中教授は「これからの発展への期待の意味も大きいと思うので、それに報いるように取り組みたい」と述べた。

最終更新:10月9日(火)6時32分


日刊スポーツ:援助打ち切り山中教授マラソンで資金稼ぎ[2012年10月9日9時42分 紙面から]
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20121009-1030024.html
 2012年ノーベル医学生理学賞で、さまざまな組織の細胞になる能力がある「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を開発した山中伸弥京都大教授(50)ら2人が受賞した。 山中教授は何度も苦難に陥りながら自ら乗り越え、ノーベル賞を勝ち取った。

 神戸大医学部を卒業。整形外科医を目指したが、手術が不得手だった。15分で終わる手術が1時間かかり、「ジャマナカ」と呼ばれた。有効な治療法がない患者と接するうち、治療法の開発に活路を見いだし、研究者を目指した。大阪市立大大学院を経て、米カリフォルニア大グラッドストーン研究所に留学し、遺伝子研究を始めた。

 しかし帰国後、米国と日本の研究環境の違いに体調を崩し、うつ病の寸前に。当時は1人でこつこつと研究を続けていたという。元来、独創性が持ち味で、大阪教育大付属天王寺中学・高校時代には、自由研究が優秀作として校内の冊子に掲載された。自由な研究環境を求め、「これでだめなら最後」と望みを託した奈良先端科学技術大学院大で、初めて自分の研究室を持った。自由な着想と大胆な手法を駆使する独自のスタイルが、ついに花開いた。

 現在山中教授は、研究費確保という新たな課題と戦っている。研究所の予算のうち、最も額が大きい内閣府の「最先端研究開発支援プログラム」が13年度で終わる。そこで趣味のランニングを生かし、マラソン完走を約束して寄付を呼び掛ける活動を始めた。今年3月の京都マラソンでは約1000万円を集め、来月の大阪マラソンも出場予定。ノーベル賞受賞で、環境が変わる可能性もある。


読売:患者のため大きな責任…山中教授ノーベル賞(2012年10月9日)
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121009-OYO1T00209.htm
 これまで手だてがなかった病気やけがの治療に大きな道を開く「万能細胞」を作りだし、世界中の研究者を驚かせてからわずか6年。京都大教授の山中伸弥さん(50)が、科学界最高の栄誉に輝いた。8日夜、いつもと変わらない落ち着いた表情で「まだ仕事が終わっていない」と話した山中さん。画期的な研究に期待を寄せ、協力してきた難病患者からは「先生、すごいね」と祝福の声が上がり、恩師や友人らも喜びに沸いた。

 「私は無名の研究者だった。日の丸の支援がなければ、このような受賞はなかった」

 午後8時から、京都市左京区の京都大で開かれた記者会見で、山中さんは、ゆっくりとそう切り出した。

 水色のネクタイにグレーのスーツ姿の山中さんは、約200人の報道陣が詰めかけた会見場に、松本紘学長らに伴われて姿を見せた。席に着くとすぐ、携帯電話に着信があった。

 野田首相からだった。松本学長から電話を受け取った山中さんは緊張した様子で、「国を挙げてご支援いただいたおかげです。これからもよろしくお願いします。ありがとうございます」と答えた。

 山中さんによると、会見の数時間前、スウェーデンからの電話で受賞を知った。山中さんは京都大に移る前、奈良先端科学技術大学院大(奈良先端大)で地道に研究を続けていた。受賞の知らせに、文部科学省や科学技術振興機構の支援を受けていた奈良先端大当時からiPS細胞の作製に成功し、受賞するまでの十数年が頭をよぎったという。

 「その支援がなければ、今日の電話はなかった」と、感慨深げに語った。

 電話を受けた時、山中さんは大阪市内の自宅で、洗濯機の修理に取りかかろうとしていたという。「洗濯機がガタガタと音がするので、直そうとしていた。その時に携帯電話が鳴って、それが英語だった。本当なのか、信じられなかった」と明かした。受賞の知らせに、山中さんの家族は「ぼうぜんとしていた」といい、電話で母の美奈子さん(81)に伝えると、「ひゃあ、良かったなあ」と祝福されたという。

 画期的な研究成果の陰には、世界中の難病患者を助けたいという思いがあった。山中さんは「難病で苦しんでおられる方に対し、私のような健康な人間が簡単には言えないことだが」と前置きしたうえで、「たくさんの人が色々な技術で研究に臨んでいる。希望を捨てずにいてほしい。受賞の喜びも大きいが、同時に非常に大きな責任感を感じている」と声に力を込めた。

 若手研究者や学生へのメッセージを求められると「まだ若いつもりだが」と報道陣の笑いを誘った後、「研究はアイデアや努力で色々な物を生み出せる。日本は資源が限られた国だが、知的財産や研究成果は無限に生み出せるし、それが国の大きな力になる。そういう仕事に一人でも多くの人が参加してほしい」と語った。


ZAKZAK:ノーベル賞・山中教授、独創的“集金術”!マラソンで資金稼ぎも 2012.10.09
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20121009/dms1210091207002-n1.htm
 京都大の山中伸弥教授は、少ない研究費を補うためマラソン完走への挑戦を条件に寄付を集めるなどの苦労人だった。偉大な賞で有名となったが、今後の研究費のメドはまだついていない。それだけに、ノーベル賞の賞金は大事に使いたいようだ。

 「(賞金は)すぐに使う必要はない。これまでに受賞した賞金と合わせてためておき、よく考えて使いたい。国からの支援だけではできないことがたくさんある。仮に支援がなくなり、研究所で雇用している人を解雇せざるを得なくなったときなどに有効活用したい」

 産経新聞の取材に応じた山中氏は、賞金の使い道についてこう答えた。

 ノーベル賞の賞金は日本円で約9500万円。山中氏はこれを共同受賞者のジョン・ガートナー博士と2人で分ける。使い道として、山中氏が真っ先に思い浮かべたのは部下の“給料”だった。

 研究所の予算は厳しい。最も大口の内閣府による「最先端研究開発支援プログラム」は2013年度に終了する。数百万円の研究費だったスタート時から成果を積み上げてきた山中氏だが、支援が途絶えれば、目指す臨床応用への道も閉ざされる。

 研究費集めに苦労し、今年3月には、自身が京都マラソンで完走することを条件にネット上で寄付を募り、レース前までに約900万円が集まった。「ジャスト・ギビング・ジャパン」という寄付を取り次ぐサイトを通じて行われた活動で、レース終了後も閉鎖されずに残っていたため、受賞発表後に再び寄付が集まり、数時間で10万円を超えた。

 山中氏は日本と米国などを比較した研究費の格差についてこう語る。

 「総額でいうと、予算も研究者も10倍以上の差があるが、再生医療の分野は、文部科学省のおかげで日本が間違いなく世界のトップになった」

 その文科省の田中真紀子大臣は、山中氏の研究所を視察した際、「将来どういう国でありたいかを考え、メリハリのある予算付けをやる。大いに頑張りたい」と述べた。山中氏の研究を患者の命を救う道へとつなげるには、国を中心とした周囲の支援が不可欠。今後は山中氏の“金策”を国家が後押しする番だ。

■同級生と「壱發野郎の会」

 「壱發野郎(いっぱつやろう)の会」。大阪教育大付属高天王寺校舎1981年卒の同級生十数人が卒業後「大きなことをやろう」と始めた飲み会がある。年に2回開かれるこの会に山中教授も、仕事の都合を付けてほぼ毎回顔を出す。

 「この会から本当に大きくなったやつが2人も出た」とメンバーの印刷業、芳武努さん(50)。“もう一人”は世耕弘成参院議員だ。

 山中教授と芳武さんは高校時代からの大親友。「誠実でお人よし。そして、飛び抜けて優秀だった」と振り返る。医者になるという言葉通り、神戸大医学部に進学した。

 大学に入ってからも2人は毎月のように酒を飲んだ。飲み方は豪快で、ビール1ケースを空け、行きつけの店では「空揚げ、全部持ってきて」と注文したことも。

 あまり仕事の話はしないが人工多能性幹細胞(iPS細胞)について尋ねたことがある。「臨床応用されて、患者さんを救って初めて『成果』だよ」。常に医師の立場を忘れないのが印象的だった。

 ■人工多能性幹細胞(iPS細胞) 皮膚や血液など既に成長した体細胞に遺伝子を組み込むことで、獲得した特徴を白紙に戻し(初期化)、さまざまな種類の細胞になる能力を持たせた万能細胞。。小文字の「i」には、携帯音楽プレーヤーの「iPod(アイポッド)」のように普及してほしいという山中教授の願いが込められている。


毎日:「家族に感謝」一夜明け、夫妻で会見
2012年10月9日 11時20分 (2012年10月9日 14時36分 更新)
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20121009/
Mainichi_20121009k0000e040130000c.html

 「つらいときも家族が笑顔で迎えてくれた」。今年のノーベル医学生理学賞受賞が決まった京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)は、一夜明けた9日午前、妻で皮膚科医の知佳(ちか)さん(50)とそろって京都市左京区の京都大で記者会見に臨んだ。「今後も研究を多くの人と協力してやっていく必要がある」と、改めて受賞の心境を語る一方、妻に感謝の言葉をささげる山中教授。研究に打ち込む厳しい表情とは異なり、夫としての、そして2人の娘の父親としての横顔を見せた。

 山中教授夫妻はこの日午前9時半ごろ、京都大に到着。出迎えた研究所職員から花束を受け取った。その脇で、知佳さんがそっと寄り添った。

 午前10時からの記者会見。山中教授は一夜明けての心境を「感謝と責任の二つの気持ちを強く持っている」としたうえで、「研究を完成させることは一人ではできない。今回賞をいただき、そのかじ取り、けん引役を任命されたと思っている」と語った。

 山中教授と知佳さんは中学、高校時代の同級生。知佳さんは、受賞の知らせが届いた時の様子について、「夫が英語で『サンキュー、サンキュー』と言っていたので『大変なことになった』と娘と顔を見合わせました。しばらくしてから『良かったね』と(本人に)声をかけた」と振り返った。

 知佳さんによると、山中教授は「家では普通の夫。休日は家族のために手伝ってくれる」という。山中教授は「失敗ばかりで泣きたくなるような二十数年。そんな時に家族が笑顔で迎えてくれた。妻も自分の仕事を中断してついてきてくれた」と話した。特に米国での生活について、「研究するか家にいるかの生活。子育てに携わり、子どもの笑顔を見ることが支えになった」と振り返った。

 知佳さんは「忙しい時は声をかけるのもはばかられる。家族でどうサポートすればいいか分からないこともあり、重圧を感じているのだと頻繁に思う。外国とは時差もあるため、夜中でもやりとりをしており、リラックスする時間が限られている。しっかり休んでほしい」と、医師らしく体調を気遣った。

 そして、今回のノーベル賞受賞について、「たくさんの方に喜んでもらえることがうれしい。ありがとうございました」と声を詰まらせた。

 ノーベル賞受賞決定を受けて山中教授が取材対応を終えたのは9日午前2時ごろだった。山中教授は「学生たちが研究所で待っていてくれた。喜ばせ、和ませようと思ったのか、変装までして迎えてくれた。仲間に恵まれたことが今回の受賞につながった。米国の多くの仲間にも支えられた」。学生と研究仲間に対しても感謝の言葉を語った。

 「これからも家族、友人に支えられながら、iPS細胞がノーベル賞にふさわしい仕事だと思われるよう頑張りたい」。山中教授は、そう力を込めた。【川口裕之、須田桃子】




山中教授は、2009年にノーベル賞の登竜門と言われるラスカー賞を受賞し、
そして今年、ノーベル賞受賞となりました。

受賞までの道のり、ついに受賞となったことの素晴らしさはもちろん、
山中教授のあの謙虚さ、感謝の気持ちの強さにも心を打たれます。

こういう方が受賞することに、日本人として非常に誇りに思います。
本当におめでとうございます!

山中教授らが作製した世界初のiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、
様々な種類の細胞に変化できる新型万能細胞とも呼ばれ、
世界中が注目しているそうです。
iPS細胞の実用化に向け、
これからも研究を続けて行ってほしいと思います。

そして、
政府はこういった部分に継続して予算をつけ、
『技術大国日本』
を目指すべく積極的に支援してほしい。
山中教授の会見中にわざとらしく電話で祝意を伝えた野田総理と田中真紀子文部科学相、
ぜひお願いします。

やっぱり2位じゃだめなんです。
2位じゃだめなのかという発想が出ること自体もだめなんです。

民主党は一刻も早く下野するべきだと思うけど、
少しでも長くしがみつくために何でもやるでしょう。
なので、仕方がない。
居座っている以上は、
下野後のことも視野に入れた上での最大限の考慮を、
民主党政権にはお願いしたいです。
(下野後のことを視野に入れるなんて、民主党がやるわけないけど)


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■追記

J-CAST:マラソンでカンパ訴えた山中教授 事業仕分けで苦しんでいた? 2012/10/ 9 20:13
http://www.j-cast.com/2012/10/09149474.html


スポーツ報知:京大・山中教授「iPS細胞」でノーベル医学生理学賞(2012年10月9日06時05分)
http://megalodon.jp/2012-1009-1946-13/hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20121008-OHT1T00277.htm
(抜粋)
iPS細胞そのものが対象ではないが、09年には、科学技術関連事業の予算が「事業仕分け」され、削減や見直しが相次いだ。その際、山中教授は批判と不安の気持ちを述べている。

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by doumin | 2012-10-09 14:50 | Comments(0)
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