宮内庁:天皇陛下のおことば
国賓 アメリカ合衆国大統領閣下のための宮中晩餐
平成26年4月24日(木)(宮殿)
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/okotoba-h26e.html#D0424
この度,アメリカ合衆国大統領バラック・オバマ閣下が,国賓として我が国を御訪問になりましたことを心から歓迎いたします。ここに今夕を共に過ごしますことを,誠に喜ばしく思います。
まず大統領閣下に,3年前に起こった東日本大震災に際し,米国政府及び多くの米国国民からお見舞いと支援を頂いたことに対する,私どもの深い感謝の気持ちをお伝えしたく思います。この地震と津波による災害では,死者,行方不明者が2万人以上となり,建物は壊され,美しい海や山に囲まれた町や田畑は,がれきで覆われました。2万人を超える貴国の軍人が参加した「トモダチ作戦」を始めとし,貴国の多くの人々が被災者のために行った支援活動は,物のない厳しい環境にあった被災者にとり,大きな支えとなりました。
歴史を振り返りますと,貴国と我が国との交流は,我が国に来航したマシュー・ペリー提督と徳川幕府の交渉により,1854年日米和親条約が調印されたことに始まります。我が国はそれまで200年以上にわたり鎖国政策を行ってきましたが,開国を決意し,欧米の国々より,当時日本にとり未知であった領域分野の学問や技術については,これを鋭意学び,国を発展させることに努めました。貴国の人々に負うところ,また大なるものがありました。
私が貴国を初めて訪れましたのは,1953年,エリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列した機会に,貴国を始めとする欧米諸国を訪れた時のことであります。1960年,日米修好100年の年には,現在の皇太子を出産して間もない皇后と共に,初めて公式に貴国を訪問し,アイゼンハワー大統領御夫妻主催の晩餐会にお招きいただき,また多くの米国国民と触れ合う機会に恵まれる中,ホノルル,サンフランシスコ,ロサンゼルス,ワシントン,ニューヨーク,シカゴ,シアトル,ポートランドの各地を約2週間をかけて訪問いたしました。私どもにとり今も忘れられないのは,ニューヨーク訪問の際,貴国政府及びニューヨーク市が大型船によるマンハッタン島巡りを計画し,船上に当時貴国で勉学にいそしむ大勢の日本人留学生を招いてくださったことです。当時学習意欲にあふれつつも,余裕のない戦後の生活の中でそれを十分に満たせなかった我が国の有為な若者に,更に学ぶ機会を与えてくれた貴国の奨学生制度は,実に有り難いものであったと思います。
その後も国賓としての訪問も含め,貴国を何度か訪れておりますが,その都度貴国民から温かく迎えられたことが心に残っています。貴国が多様な人々を包容し,民主主義の理想を求め,より良い社会を築こうと常に努力する姿には深い感銘を覚えます。貴国と我が国の両国民は,先の戦争による痛ましい断絶を乗り越え,緊密な協力関係を築きました。両国民が来し方を振り返り,互いの理解を一層深め,相携えて進んでいくことを願ってやみません。
両国の友好の象徴となっている桜とハナミズキの季節に行われる大統領閣下のこの度の御滞在が,実り多きものとなりますよう願っております。
ここに杯を挙げて,大統領閣下及び御家族の御健勝と,アメリカ合衆国国民の幸せを祈ります。
米国大使館:バラク・オバマ大統領の宮中晩餐会でのあいさつ
皇居・宮殿
日本・東京
2014年4月24日
http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20140424-04.html
天皇、皇后両陛下、
本日は私ども一行を格別に温かく歓迎していただき、ありがとうございます。また今夜は、このように丁重におもてなしいただき、感謝を申し上げます。安倍首相ご夫妻、ご来賓の皆さま。
私が母と一緒に初めて日本を訪れてから50年近く経ちました。けれども国を遠く離れた6歳の少年に示してくれた日本の皆さまの親切を、私は忘れたことがありません。その後、陛下の即位20年の年に、大統領として再び日本を訪問した際には、両陛下が歓迎してくださいました。今でも感謝しております。そして今夜、国賓として両陛下と同席させていただき、大変名誉に思います。これは日米両国民の素晴らしい友情のしるしです。
これはまた、この上なく光栄なことでもあります。私は第44代アメリカ合衆国大統領ですが、陛下は日本の125代目の天皇陛下です。日本の皇室は2000年以上の長きにわたり、日本人の精神を体現してきました。今夜、その精神を、陛下の平和への思いの中に感じることができます。またこれまでの困難な日々や、3年前の東日本大震災の悲劇にもかかわらず、その強さと規律正しさと高潔さで世界の人々に影響を与え続けている日本国民の立ち直る力の中にも感じられます。
私は本日、この精神に触れました。荘厳な明治神宮では、日本の古来からの宗教的儀式の美しさを体験しました。安倍首相との会談では、現在の日米同盟を強化することができました。この同盟が壊れることは決してありません。また熱意を持った学生との懇談や、素晴らしい技術の視察を通して、日米両国が協力して築くことのできる将来の姿を垣間見ました。
日米両国民は、太平洋という広大な海を挟んでいますが、日々あらゆる分野で協力しています。私たちは共に創造し、つくり上げることにより、世界を変える新たなイノベーションを生み出します。共に学び研究して、病気を治療し命を救う新たな発見をします。平和を維持し、空腹の人々に食べ物を提供するため、共に世界の果てまで出かけます。宇宙の神秘を理解するため、共に宇宙にも行きます。日本人選手が大リーグのチームの勝利に貢献した時のような喜びの時にも、3年前のようなつらい時にも、私たちは共にいます。
そのつらく苦しい日々に、天皇陛下が皇居から直接、日本国民に語りかけたことを、私たちは決して忘れることはありません。最後に、当時の陛下のおことばの精神を思い起こして、私のあいさつとさせていただきます。なぜなら、この精神は、日米両国の友情と同盟に対する、今夜ここに集まった私たちの願いでもあるからです。決して希望を捨てることなく、互いを大切にし、明日も強く生きていけますように。
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■関連記事
24日午前の歓迎行事。
天皇皇后両陛下、皇太子殿下が迎えられたそうです。
産経:「トモダチ作戦は多くの国民の心に」 陛下、ご会見でオバマ氏に謝意
2014.4.24 14:21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140424/imp14042414210002-n1.htm
国賓として来日したオバマ米大統領の歓迎行事が24日午前、皇居・宮殿東庭であり、天皇、皇后両陛下、皇太子さまが迎えられた。安倍晋三首相ら三権の長、閣僚らも出席。両陛下がオバマ大統領と会われるのは平成21年以来、2回目。
国賓での米大統領来日は平成8年のクリントン大統領(当時)以来で18年ぶり。宮内庁によると、単身で来日した国賓は平成に入って12例目。
オバマ大統領は宮殿の表玄関にあたる南車寄に到着し、出迎えられた両陛下と、「再びお会いできてとてもうれしいです」と会釈しながら握手。ケネディ駐日米大使も随行した。
陸上自衛隊の栄誉礼などの歓迎行事後、両陛下はオバマ大統領と宮殿「竹の間」でご会見。宮内庁によると、陛下が東日本大震災での米国の支援に「特にトモダチ作戦は多くの国民の心に残るものでした」と謝意を示されると、大統領は「日本と米国は苦しい時にも助け合える関係となっています」などと応じたという。
24日夜の宮中晩餐会。
陛下と安倍総理とオバマ大統領はブラック・タイで、ホワイト・タイの方もいました。
産経:宮中晩さん会でオバマ米大統領と歓談される天皇陛下=24日夜、宮殿・豊明殿(代表撮影) 2014.4.24 22:49
http://sankei.jp.msn.com/life/photos/140424/imp14042422490003-p1.htm
御料牧場で育てられた食材をふんだんに使用したフレンチのフルコースが振舞われました。
WSJ:オバマ大統領迎えた宮中晩餐会、豚肉や牛肉はテーブルに上らず
2014/04/24 9:36 pm ET
http://p.tl/mT2s

(抜粋)
オバマ大統領昨夜到着後、安倍晋三首相とすし屋で夕食を取ったが、2日目の24日夜には天皇、皇后両陛下が主催する宮中晩さん会が皇居・豊明殿で開かれ、フランス料理のフルコースが振舞われた。
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉行き詰まりの原因になっているためか、豚肉や牛肉は振舞われなかった。
米国の関係者によると、ディナーは食前酒として辛口のシェリー酒から始まり、トマトジュースと新鮮なオレンジジュースが出された。次はスープが出されたが、その種類については明らかにされなかった。真鯛の酒蒸しの後にはサラダ、そして羊もも肉の蒸し焼きが続いた。デザートには富士山の形にあしらわれたアイスクリームと新鮮なフルーツが登場した。
サンスポ:両陛下主催の宮中晩餐会、オバマ大統領をお・も・て・な・し
2014.4.25 05:02
http://www.sanspo.com/geino/news/20140425/pol14042505020003-n1.html
国賓として来日中のオバマ米大統領を歓迎し、天皇、皇后両陛下主催の宮中晩餐(ばんさん)会が24日夜、皇居・宮殿「豊明殿」で開かれた。両陛下はオバマ氏をはさむ形で着席された。両陛下がオバマ氏と会われたのは2009年以来、2回目。
安倍晋三首相、ケネディ駐日米大使ら過去最大規模の約170人が出席。米大リーグで活躍した野茂英雄さん(45)も招かれた。
晩餐会で供されたのはフランス料理6品で、栃木県の御料牧場で育てられた食材をふんだんに使い、宮内庁大膳課のシェフが自慢の腕をふるったメニュー。デザートの富士山型アイスクリームは宮中晩餐会の定番で、山頂付近はバニラ、裾野は抹茶アイスでつくられ、中腹には雲をイメージしたクリームが盛られる。オバマ氏は6歳の時に来日した際に味わって以来、抹茶アイスが好物で、帰り際、両陛下に「特に抹茶アイス、ありがとうございました」といって笑顔を見せた。
また、オバマ氏はこの日午後、北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(失踪当時13歳)の両親や、田口八重子さん(同22歳)の兄で家族会代表の飯塚繁雄さん(75)と東京・元赤坂の迎賓館で面会。拉致問題について「政治家ではなく、娘2人を持つ親の立場として許せない。日本政府と協力して解決しなくてはならない」と述べた。
(紙面から)
今日午前、オバマ大統領が韓国に向けて出発しました。
NHK:オバマ大統領 韓国に向け出発 4月25日 11時21分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140425/k10014020911000.html
国賓として日本を訪れていたアメリカのオバマ大統領は、安倍総理大臣との首脳会談など一連の日程を終え、25日午前、次の訪問地、韓国に向けて出発しました。
アメリカのオバマ大統領は23日、およそ3年半ぶりに国賓として日本を訪問し、安倍総理大臣と東京都内のすし店で非公式の夕食会に臨み、個人的な信頼関係の構築に努めました。
24日は皇居で歓迎行事に出席し、天皇・皇后両陛下と会見したのに続いて、迎賓館で安倍総理大臣と日米首脳会談を行いました。
会談後の共同記者会見で、オバマ大統領はアメリカの大統領として初めて、沖縄県の尖閣諸島に日米安全保障条約が適用されることを明言しました。
また、TPP=環太平洋パートナーシップ協定については今後、日米の協議を経て早期に合意することに期待を示しました。
そして、25日午前には、天皇・皇后両陛下がオバマ大統領が宿泊する東京都内のホテルを訪問し、別れのあいさつをされました。
一連の日程を終えたオバマ大統領は、25日午前10時半すぎ、大統領専用機エアフォースワンで、羽田空港を出発し、次の訪問地、韓国に向かいました。
韓国では、オバマ大統領はパク・クネ大統領と会談し、挑発行為を繰り返す北朝鮮の問題や、冷え込んでいる日本と韓国の関係などを巡って意見を交わすものとみられます。
オバマ大統領は記者会見で、
中国に配慮しつつも「尖閣は安保の適用対象」と述べました。
これで十分とは言えないものの、
nonrealさん:尖閣諸島:「日米安保第5条適用対象」と「日米安保第5条発動」のスキマ
2014年04月24日 19:41
http://blogos.com/article/85176/
日本政府はアメリカ大統領としてのこの言葉を引き出し、
同時にTPPも粘りに粘っている様子。
さすが安倍内閣。
甘利大臣の疲労っぷりがお気の毒ではありますが、
この調子で頑張ってほしい。
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■関連リンク
オバマ大統領が述べた「陛下の平和への思い」や、皇室を戴く日本の素晴らしさなどについて。
日本、あれやこれや その45
http://www.ncn-t.net/kunistok/1-1-nihonarekore45.htm
(抜粋)
<アインシュタインの言葉>
「もし私が、日本という国を自分自身の目で見ることの出来るこのチャンスを逃したならば、後悔しても、しきれないというほかはありません」
「近代日本の発展ほど世界を驚かしたものはない。一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあらしめたのである。私は、このような尊い国が世界に一ヶ所ぐらいなくてはならないと考えていた」
「世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時が来る。その時、人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。 この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き超えた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それには、アジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」
「日本人の素晴らしさは、きちんとした躾や心の優しさにある」
「日本人は、これまで知りあったどの国の人よりも、うわべだけでなく、すべての物事に対して物静かで、控え目で、知的で、芸術好きで、思いやりがあって非常に感じがよい人たちです」
「この地球という星の上にも今もなお、こんな優美な芸術的伝統を持ち、あのような素朴さと心の美しさを備えている国民が存在している」
「この国に特有な感情のやさしさや、ヨーロッパ人よりもずっと優っていると思われる同情心の強さ」
「この国を愛し、尊敬すべきである」
「日本の風光は美しい。日本の自然を洗っている光はことのほか美しい」
「日本では、自然と人間は、一体化しているように見えます」
「家屋建築が自然の風光と調和して一種の彫刻のようです」
「日本は絵の国、詩の国であり、謙虚の美徳は、滞在中、最も感銘を受け忘れ難いものとなりました」
「日本人以外に、これ程純粋な人間の心を持つ人はどこにもいない。この国を愛し、尊敬すべきである」
<五百年前のザビエルの言葉>
この国の人々は、今まで発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人びとは、異教徒のあいだでは見つけられないでしょう。 彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人びとで、他の何ものよりも名誉を重んじます。大部分の人びとは貧しいのですが、武士も、そうでない人びとも、貧しいことを不名誉と思っていません。
ザビエルは日本人が余りにも民度が高く優秀なので驚き賛嘆を繰り返して述べている。ヨーロッパより日本の文化の水準が高いと感じたと思われる。好奇心が強くしつこく質問し知識欲が旺盛。
とても気立てがよく、驚くほど理性に従い、勝れた素質がある。ザビエルが驚いたことは、「大部分の人は読み書きが出来る」ということであった。識字率は自国スペインより高く、インド、中国より遥かに高いことに驚嘆したのである。
靖國神社:靖國神社の由緒
http://www.yasukuni.or.jp/history/index.html
靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。
靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。
靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。
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